世界を繋ぐ宇宙ゴミ対策

宇宙オブジェクトの登録制度と宇宙ゴミ問題:既存枠組みの評価と将来展望

Tags: 宇宙法, 宇宙政策, 宇宙ゴミ, 宇宙オブジェクト登録条約, LTSガイドライン, 国際協力, 国内法

はじめに

人類の宇宙活動は黎明期から飛躍的に拡大し、近年では特に民間部門の参入が顕著であります。これに伴い、地球周回軌道上には運用中の衛星、使用済み衛星、ロケット本体・上段部、そしてこれらが衝突・分解した際に発生する多数のデブリ断片が急増しており、宇宙環境の持続可能性を脅かす深刻な問題となっています。宇宙ゴミ(スペースデブリ)問題への対策は喫緊の課題であり、技術的な緩和・除去策に加え、法制度によるアプローチが不可欠であります。

この法制度的アプローチの基盤の一つとなるのが、打ち上げられた宇宙オブジェクトに関する情報の収集・共有・管理を行う登録制度です。宇宙物体登録条約(1974年採択、1976年発効)は、打上げ国に宇宙物体の登録と国連事務総長への情報提供を義務付ける国際的な枠組みを提供しており、これにより宇宙物体の特定と責任の所在を明確にすることが期待されています。しかし、宇宙ゴミ問題が深刻化するにつれて、既存の登録制度の持つ限界が露呈してきております。

本稿では、宇宙物体登録条約を中心とした既存の宇宙オブジェクト登録制度が、現在の宇宙ゴミ問題に対してどの程度有効に機能しているのかを評価いたします。その上で、デブリ断片や非機能衛星の取り扱い、情報の正確性や更新、そしてメガコンステレーション時代における課題など、登録制度が直面する法政策的な論点を詳細に分析いたします。さらに、宇宙活動の長期持続可能性に関するガイドライン(LTSガイドライン)などのソフトローや、各国の国内法制度における登録・情報共有に関する取り組みにも触れつつ、宇宙ゴミ問題対策に資する登録制度の将来的な展望について考察を深めてまいります。

宇宙物体登録条約の枠組みと宇宙ゴミ問題への適用における課題

宇宙物体登録条約は、宇宙空間に打ち上げられた物体の登録に関する統一的な国際的枠組みを提供することを目的としています。条約第2条は、各締約国に対し、自国の登録簿に宇宙物体を登録すること、そして第4条に基づき、特定の情報(打上げ国の名称、軌道関数、一般的な機能など)を国連事務総長に提供し、事務総長が維持する登録簿に記録させることを義務付けています。この制度は、主に打ち上げられた「宇宙物体」(space object)を特定し、その打上げ国(Launching State)を明確にすることによって、宇宙活動損害責任条約に基づく損害責任の追及や、特定の宇宙物体の機能や軌道を把握するための基礎情報を提供してきました。

しかし、宇宙ゴミ問題への対応という観点からは、登録条約の枠組みにはいくつかの重要な限界が存在いたします。

第一に、「宇宙物体」の定義の曖昧さです。条約は「宇宙物体」の定義を明確に定めておらず、ロケットの構成部分やデブリ断片がこれに含まれるか否かについて必ずしも明確ではありません。現状では、多くの国が意図的に軌道に投入した主要なペイロードやロケット上段部を登録していますが、軌道上で発生した多数のデブリ断片については、その全てを登録することはおよそ不可能であり、また条約上の明確な義務とは解釈されておりません。これは、膨大な数のデブリ断片の生成源や責任主体を特定することを極めて困難にしています。

第二に、登録情報の限定性と更新義務の欠如です。条約第4条で求められる情報は基本的なものであり、宇宙物体の運用状況(機能停止、軌道変更など)や技術的な特性に関する詳細な情報は義務付けられておりません。また、登録された情報の正確性を維持するための定期的な更新義務も明確ではありません。宇宙ゴミ問題対策においては、運用を終了した衛星や制御不能になった物体の正確な軌道情報や機能状態が不可欠でありますが、既存の登録制度だけではこれらの情報を十分にカバーできていないのが現状です。これは、デブリ化リスクの評価や、軌道上での衝突回避マヌーバ、さらには将来的なデブリ除去活動の計画・実行に支障をきたしております。

第三に、情報の公開性と利用可能性です。国連事務総長に提供された情報は国連のウェブサイトなどで公開されていますが、その検索性や機械的な処理の容易さには改善の余地があります。また、提供される情報が各国により異なる形式や粒度で提供される場合もあり、国際的な情報共有や活用を効率的に行う上での課題となっています。

これらの限界は、宇宙物体登録条約が採択された1970年代には想定されていなかった現在の宇宙環境(特に、運用終了した多数の衛星やデブリ断片が軌道を占有している状況)において、その制度的機能が十分に発揮され得ないことを示唆しております。

ソフトローによる補完の試み:LTSガイドライン

宇宙物体登録条約の限界を認識し、国際社会は登録制度を補完するための努力を進めています。その最も顕著な例の一つが、国連宇宙空間平和利用委員会(UNCOPUOS)が採択した「宇宙活動の長期持続可能性に関するガイドライン」(Guidelines for the Long-term Sustainability of Outer Space Activities, LTSガイドライン)です。

LTSガイドラインは法的拘束力を持つ条約ではありませんが、宇宙活動を行う国家及び主体が自発的に遵守することが期待されるソフトローです。このガイドラインは、宇宙ゴミの緩和、宇宙運用の安全性の向上、情報共有、国際協力など、広範なテーマを扱っております。登録制度に関連する点としては、ガイドラインB.1(登録条約に基づく情報提供の完全性及び適時性の確保)やB.2(宇宙物体の特性及び運用の現状に関する情報の提供)などが重要です。

特にガイドラインB.2は、登録条約の要求を超える情報提供を推奨しており、打ち上げた宇宙物体の軌道要素、寸法、質量、電源の状態、推進系の状態、運用状況(運用中、運用終了、喪失など)、そして運用終了計画に関する情報の提供を求めています。また、軌道上で発生したデブリに関しても、可能な範囲での情報共有を推奨しています。これは、登録条約がカバーしていなかった運用状況やデブリに関する情報の共有を促進し、宇宙ゴミ問題への対応に必要な情報をより網羅的に収集・共有しようとする試みと言えます。

LTSガイドラインは、登録条約の硬直性や改正の困難さを踏まえ、より柔軟かつ迅速に変化する宇宙環境に対応するためのアプローチとして評価できます。しかし、あくまでソフトローであるため、その実施は各国の自発的な取り組みに依存しており、情報の提供範囲、形式、頻度などが依然として各国に委ねられているという限界があります。

各国の国内法制度における登録・情報共有

国際的な登録枠組みである宇宙物体登録条約と、それを補完するソフトローであるLTSガイドラインに加え、各国の国内法制度も宇宙オブジェクトの登録と情報共有において重要な役割を果たしています。多くの宇宙活動関連法を持つ国(例:米国、日本、英国、フランスなど)は、宇宙活動を行う事業者に対して、打上げや衛星の運用に関する詳細な情報を当局に報告・登録することを義務付けています。

例えば、米国の連邦航空局(FAA)や連邦通信委員会(FCC)は、打上げライセンスや周波数使用ライセンスの付与に際し、申請者に対して宇宙物体の技術的特性、軌道情報、運用計画、運用終了計画(デオービット計画など)に関する詳細な情報の提出を求めています。これらの情報は、FAAやFCCの内部管理や、国内の宇宙状況監視(SSA)システムに活用されるほか、一部は公共に公開されています。

日本の宇宙活動法も、宇宙活動を行う許可申請に際し、宇宙物体の構造、機能、運用計画、軌道の安全確保措置に関する詳細な事項を記載することを要求しており、許可を受けた宇宙物体に関する情報は国の登録簿に記録されます。これらの国内法に基づく情報は、条約に基づく登録情報よりも詳細であることが多く、国のレベルでの宇宙状況監視や宇宙交通管理(STM)の基盤情報となります。

各国の国内法制度は、登録条約やLTSガイドラインの精神を具体的な義務として課すことで、国際的な枠組みを実質的に強化する役割を果たしています。しかし、国内制度間の情報の互換性や共有メカニズムは国によって異なり、国際的な連携が十分でない場合があります。また、国内登録された情報が、国連の登録簿にどのように反映されるか、あるいはLTSガイドラインで推奨される情報共有が国内法でどの程度義務付けられているかは、各国の国内政策判断に委ねられています。

宇宙ゴミ問題における登録制度の今後の課題と展望

現在の宇宙ゴミ問題の深刻度と多様化する宇宙活動形態を踏まえると、宇宙オブジェクトの登録制度はいくつかの重要な課題に直面しており、その解決に向けた議論と取り組みが求められています。

第一の課題は、デブリ断片の取り扱いです。既存の登録制度ではデブリ断片の登録義務がありませんが、これらが宇宙活動の安全に対する最大の脅威の一つである現状を考慮すると、一定のサイズ以上のデブリや、特定の原因(例:ASAT実験や衛星衝突)で発生したデブリについて、生成国や「所有者」(もし特定可能であれば)による情報提供や追跡・監視結果の共有を求める新たな国際的な枠組みの検討が必要となるかもしれません。これには、デブリの「所有権」や法的地位に関する学術的な議論とも密接に関連いたします。

第二の課題は、登録情報の正確性、網羅性、および更新です。運用中の衛星だけでなく、運用を終了した衛星や制御不能になった物体に関する正確な軌道情報、機能状態、および運用終了時の計画に関する情報が、定期的に、かつタイムリーに更新されるようなメカニズムの強化が不可欠です。LTSガイドラインの推奨内容を、可能な範囲で国内法に取り込むことや、より実効性のある国際的な情報共有プラットフォームの構築などが考えられます。

第三の課題は、メガコンステレーションへの対応です。数千から数万機の衛星からなるメガコンステレーションの場合、個々の衛星に関する情報の量が増大し、従来の登録システムに大きな負荷がかかります。これらの衛星の頻繁な軌道変更や多数の運用終了・打上げも、情報管理を複雑にします。メガコンステレーション特有の情報管理・報告のあり方について、新たな基準やガイドライン、あるいは技術的な解決策(例:ブロックチェーンを活用した情報管理など)の検討が必要となるでしょう。

第四の課題は、登録情報と責任の関連性の明確化です。登録制度は打上げ国の特定を目的としていますが、デブリ発生の具体的な原因(例:設計上の欠陥、運用の過失)と、それに基づく責任(特に損害責任条約に基づく損害賠償責任や、国の国際違法行為としての責任)との間には依然として隔たりがあります。登録情報の詳細化やデブリ自体の情報共有が進むことで、責任特定の根拠となる情報を強化し、宇宙ゴミ発生国による責任の履行を促すことに繋がる可能性があります。

これらの課題に対応するため、登録条約の改正を含む新たな法的拘束力のある枠組みの検討、LTSガイドラインの実効性向上に向けた各国の国内法による具体的な実施、そして国連や他の国際機関(例:宇宙デブリに関する調整委員会, IADC)における情報共有メカニズムの強化が重要となります。また、民間の宇宙状況監視(SSA)サービスプロバイダーが収集・提供する高精度な追跡データと、公的な登録情報をいかに連携・活用していくかも、今後の重要な検討課題です。

結論

宇宙オブジェクトの登録制度は、宇宙空間における活動の透明性を高め、責任主体を特定するための重要な基盤であります。しかし、宇宙物体登録条約に基づく既存の枠組みは、デブリ断片の急増や多様化する宇宙活動といった現状の課題に十分に対応できていない状況です。LTSガイドラインや各国の国内法による補完的な取り組みは進められていますが、依然として制度的な限界や国際的な連携の課題が存在いたします。

今後、宇宙ゴミ問題の解決に向けた国際的な取り組みを進める上では、登録制度の強化が不可欠です。デブリ断片を含む宇宙ゴミに関する情報の収集・共有の促進、登録情報の正確性・網羅性・適時性の向上、メガコンステレーション時代に対応した情報管理メカニズムの構築、そして登録情報と責任追及の関連性の明確化などが、法政策的な観点から取り組むべき主要な論点となります。これらの課題に対する解決策を模索し、国際的な合意形成と国内法制度の整備を進めることが、安全で持続可能な宇宙環境の実現に不可欠であると認識しております。