世界を繋ぐ宇宙ゴミ対策

宇宙ゴミ除去活動における除去対象の法的地位:サルベージ、財産権、および国際法上の課題

Tags: 宇宙法, 宇宙ゴミ除去, ADR, 財産権, サルベージ, 国際法, UNCOPUOS

はじめに:宇宙ゴミ除去(ADR)と法的課題の勃興

地球軌道上に蓄積された宇宙ゴミ(スペースデブリ)は、将来的な宇宙活動の持続可能性に対する喫緊の脅威となっております。この問題に対処するため、不要となった宇宙物体を軌道上から除去するアクティブ・デブリ・リムーバル(ADR)技術の研究開発が進められております。しかしながら、ADRの実現および実運用には、技術的、経済的、そして法的な課題が山積しております。

特に法的な側面において、ADRは従来の宇宙活動にはなかった新たな論点を提起しています。その最も根本的な課題の一つが、「除去の対象となる宇宙ゴミの法的地位」でございます。機能停止し、放棄されたようにも見える宇宙物体は、一体誰のものであるのか。除去行為は、対象物体の所有者の財産権や登録国の管轄権・管理権とどのように関わるのか。そして、海事法におけるサルベージ(救助)の概念は、宇宙空間におけるデブリ除去に適用可能であるのか。本稿では、これらの複雑な問いに対し、既存の国際宇宙法を参照しつつ、学術的な議論や政策課題を深く掘り下げてまいります。

既存国際宇宙法における「宇宙物体」の地位

宇宙ゴミの法的地位を考察する上で、まず既存の国際宇宙法が宇宙物体についてどのように定めているかを確認する必要があります。主要な国際宇宙法条約は、機能しているか否かに関わらず、人工的な宇宙物体に関するいくつかの重要な原則を確立しております。

宇宙条約(Outer Space Treaty)第8条

1967年に発効した宇宙条約(月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約)の第8条は、宇宙物体の登録および管轄権・管理権について定めております。同条約は、「宇宙空間へ打ち上げられた宇宙物体(その構成部分を含む。)で国際登録簿に登録されたものの登録締約国は、当該宇宙物体及びその構成部分に対し、宇宙空間における場合を含む当該宇宙物体の通過又は滞在する場所のいかんを問わず、引き続き管轄権及び管理権を有する」と規定しております。

この規定は、宇宙空間という国家主権の及ばない領域においても、宇宙物体については登録国が排他的な管轄権と管理権を有することを明確にしております。これは、宇宙物体が打ち上げ後も特定の国家との強い紐帯を維持し、無主物とならないことを示唆しております。

宇宙物体登録条約(Registration Convention)

1975年に発効した宇宙物体登録条約(宇宙空間へ打ち上げられた物体の登録に関する条約)は、宇宙条約第8条の原則を具体化し、宇宙物体の打ち上げ国による登録制度を確立しました。登録により、宇宙物体の帰属主体が国際的に明確化されます。この制度は、宇宙物体が関わる損害や事故の際に責任主体を特定する上でも重要な役割を果たします(宇宙活動によって引き起こされる損害に関する国際的責任に関する条約、通称「損害責任条約」第5条)。

既存条約における限界

これらの既存条約は、打ち上げられ登録された宇宙物体について、登録国が継続的な管轄権と管理権を持つことを定めています。しかし、これらの規定は主に、機能している宇宙物体、または機能は停止したものの所有者や登録国が明確であり、かつその物体に対する権利や責任が放棄されていない宇宙物体を想定して設計されていると考えられます。

現状の宇宙ゴミの多くは、機能停止から長期間経過しており、その所有者が破産や合併により消滅している場合や、あるいはそもそもどの国の物体であるかの特定が困難な場合も存在します。より重要な点として、これらの機能停止した宇宙物体を「放棄されたもの」とみなすかどうかの国際法上の明確な基準が存在しない、という課題がございます。

宇宙ゴミ除去における「サルベージ」概念の適用可能性

海事法においては、遭難した船舶や投棄された積荷などの「放棄された財産」を救助する行為をサルベージと呼び、救助者には一定の報酬や権利が認められる制度が存在します。このサルベージの概念を、宇宙空間におけるデブリ除去に応用できないかという議論が一部でございます。

海事サルベージ法の原則と宇宙空間への適用課題

海事サルベージ法は、主に以下の原則に基づいています。 1. 救助対象物が「遭難状態」または「放棄された財産」であること。 2. 救助行為が自発的になされたこと(契約に基づく場合を除く)。 3. 救助が成功し、危険が除去されたこと。

これらの原則を宇宙ゴミ除去に当てはめてみると、宇宙ゴミは明らかに「遭難状態」または「放棄された(と思われる)財産」とみなせます。ADR業者による除去活動は自発的な行為に該当する可能性もございます。しかし、宇宙空間の特性や宇宙法の原則との間に、以下のような大きな乖離が存在します。

したがって、海事サルベージ法をそのまま宇宙ゴミ除去に適用することは困難であり、宇宙空間に特化した新たな法的枠組みや解釈が必要であると考えられます。

宇宙ゴミ除去における財産権の問題

宇宙ゴミ除去における最も実質的な課題の一つは、除去対象である機能停止した宇宙物体に対する元の所有者(通常は登録国またはその国民)の財産権が存続するかどうか、という点です。

宇宙条約第8条の「管轄権及び管理権を有する」という規定は、必ずしも私的な財産権の存続を直接的に定めているわけではありません。しかし、一般的に国際法においては、国家の財産権は明示的に放棄されない限り存続すると考えられています。宇宙物体は高価な投資の結果であり、機能停止後もインテリジェンス目的での利用や、回収後の技術解析といった価値を持つ可能性も否定できません。

財産権侵害のリスク

登録国または元の所有者の同意なく、第三者(他の国家、企業など)がその登録した宇宙物体を除去する行為は、元の所有者の財産権を侵害する可能性がございます。これは、宇宙条約第8条が定める登録国の管轄権・管理権を軽視する行為ともみなされかねません。

国際的な慣習や法原則に基づけば、他国の財産に対する一方的な干渉は原則として許容されません。宇宙ゴミ問題の深刻さが国際社会全体の問題であるとしても、個別の宇宙物体の除去については、その対象物体の登録国や元の所有者との間の調整や同意が不可欠であると考えられます。

「放棄」の認定と同意取得

ここで再び「放棄」の概念が重要となります。もし宇宙物体が元の所有者によって明確に放棄されたと認定できれば、財産権の問題は解消される可能性があります。しかし、前述のように、宇宙物体の「放棄」をどのように認定するかは国際法上の課題であり、明確な基準は確立されておりません。単純な機能停止や通信途絶をもって直ちに放棄とみなすことは困難であり、元の所有者による明示的な意思表示が求められるべきとの見方が有力です。

したがって、現状においては、除去対象となる宇宙ゴミの登録国や所有者を特定し、彼らからの事前の同意(インフォームド・コンセント)を得ることが、法的に安全なADR実施のための必須要件と考えられます。

国際的な議論と政策提言

これらの法的課題に対し、国際社会では様々な議論が行われております。国連宇宙空間平和利用委員会(UNCOPUOS)の科学技術小委員会および法律小委員会、あるいは国際宇宙航行連盟(IAF)や国際宇宙法学会(IISL)といった学術機関などが、ADRに関する法政策的論点を検討しております。

同意取得プロセスと責任問題

議論の焦点の一つは、ADR実施における同意取得のプロセスをどのように確立するかでございます。機能停止した宇宙物体の登録国を特定し、コンタクトを取り、除去に関する詳細(方法、時期、除去後の処分など)を提示し、同意を得るというプロセスは、特に多数のデブリを対象とする場合、煩雑で時間のかかる作業となります。このプロセスを効率化し、国際的に標準化するためのガイドライン策定が求められています。

また、除去活動そのものによって新たなデブリを発生させたり、他の宇宙物体に損害を与えたりした場合の責任問題も複雑です。除去を実施する国家や企業は、宇宙条約や損害責任条約に基づき、自己の活動に対する責任を負いますが、除去対象物体の登録国との関係における責任分担も考慮する必要があります。

除去された物体の所有権

除去によって軌道上から回収された物体の所有権をどう扱うか、という点も未解決の課題です。除去活動を行った国家や企業は、サルベージ報酬的な権利を主張できるのか、あるいは回収物は元の所有者に返還されるべきなのか。もし回収物が技術的に価値の高いものであった場合、この問題はさらに複雑になります。現時点では、国際法上、回収物の所有権に関する明確なルールは存在せず、事前の契約や国際的な取り決めによって定める必要があると考えられます。

今後の展望

宇宙ゴミ除去の実現には、これらの法的・政策的課題に対する国際的な合意形成が不可欠です。UNCOPUOS等における議論を深化させ、ADRに関する国際的な行動規範やガイドライン、あるいは将来的な条約の可能性についても検討を進める必要がございます。特に、同意取得のメカニズム、責任の所在、除去された物体の取り扱いなどに関する明確なルールは、ADR活動の予見可能性を高め、投資を促進するためにも極めて重要となります。

結論

宇宙ゴミ除去(ADR)は、深刻化する宇宙ゴミ問題に対する有望な解決策の一つですが、その実現には技術的・経済的な側面だけでなく、複雑な法政策的課題の克服が求められます。特に、除去対象となる機能停止した宇宙物体が持つ法的地位、すなわち元の所有者の財産権の存続、登録国の管轄権・管理権、そしてサルベージ概念の適用可能性といった論点は、既存の国際宇宙法だけでは十分に解決できない根本的な課題でございます。

現状の国際法解釈に基づけば、登録国の同意なく他国の登録した宇宙物体を除去する行為は、宇宙条約第8条に抵触し、元の所有者の財産権を侵害するリスクが高いと考えられます。したがって、ADRの安全かつ円滑な実施のためには、対象物体の登録国/所有者からの事前の同意を取得することが不可欠です。

今後、国際社会は、UNCOPUOS等の場で、ADRに関する法的枠組みの構築に向けた議論を加速させる必要がございます。同意取得プロセスの標準化、責任分担の明確化、除去された物体の取り扱いに関するルール作りなど、多岐にわたる論点について、国際的な協力と合意形成を通じて解決策を模索していくことが、宇宙空間の長期的持続可能性を確保するために喫緊の課題となっております。