宇宙ゴミ除去・軌道上サービス(ADR/IOS)に関する宇宙法の課題と国際的議論
はじめに:宇宙ゴミ除去・軌道上サービスの重要性と新たな法的課題
宇宙空間における活動は年々活発化しており、それに伴い使用済み人工衛星やロケットの残骸といった宇宙ゴミの増加が深刻な問題となっております。この問題への対策として、新規発生抑制に加え、軌道上にある宇宙ゴミを積極的に除去する活動(Active Debris Removal: ADR)や、既存の衛星の機能維持・向上を図る軌道上サービス(In-Orbit Servicing: IOS)への関心が高まっています。ADRやIOSは、宇宙環境の持続可能性を確保し、将来的な宇宙活動の可能性を広げる上で極めて重要な技術として期待されております。
しかしながら、これらの新しい活動は、1960年代後半から1970年代にかけて形成された既存の国際宇宙法体系においては想定されていなかった側面を多く含んでおり、その実施にあたっては様々な法的課題が存在いたします。特に、他国の所有する物体に対する作業、損害発生時の責任、活動主体に対する国家の監督・許可義務といった点において、既存法の解釈だけでは不明瞭な部分が多く、新たな国際的・国内的な法制度の整備や解釈の統一に関する議論が国際社会において活発に行われております。
本稿では、ADRおよびIOSに関連する主要な法的課題を、既存の国際宇宙法の枠組みとの関係において分析し、現在進行中の国際的な議論の現状について概観いたします。
既存の国際宇宙法とADR/IOS活動
ADRおよびIOS活動に主に関連する主要な国際宇宙法は、以下の条約が挙げられます。
- 宇宙空間を含む宇宙探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約(宇宙条約)
- 宇宙物体により引き起こされる損害に関する国際的責任に関する条約(責任条約)
- 宇宙空間に打ち上げられた物体の登録に関する条約(登録条約)
これらの条約は、国家の宇宙活動に関する基本的な権利と義務を定めておりますが、ADRやIOSのような特定のサービス活動を直接的に規律する規定は存在いたしません。
宇宙条約との関係性
宇宙条約においては、いくつかの原則がADR/IOSに関連して重要となります。
- 国家の国際的責任(第6条): 宇宙空間における国家の活動について、政府機関によるか非政府団体によるかを問わず、国際的責任を負うと定めております。ADR/IOSは、通常、営利企業などの非政府団体によって実施されることが想定されますが、その活動に対しては、打ち上げ国または登録国である国家が監督・許可し、責任を負うことになります。どのような基準で許可を与えるべきか、また、多国籍企業が活動する場合の責任の所在といった点が課題となります。
- 宇宙空間の利用の自由とその限界(第1条、第9条): 宇宙空間はすべての国家による探査及び利用の自由が保障されておりますが、その活動は他国の宇宙活動との間の干渉を避けるように行われるべきとされております(第9条)。他国の登録した宇宙ゴミや稼働中の衛星に対してADRやIOSを行うことは、「干渉」に該当する可能性があり、問題となります。特に、対象物体の所有者の同意なしに接触することは、国家の主権や財産権の概念との関係で大きな法的課題となります。
- 宇宙物体の所有権(第8条): 宇宙物体およびその構成部分は、それが宇宙空間にあるか地球に帰還したかを問わず、登録国の管轄権下に置かれます。これは、宇宙ゴミであっても、登録した国家またはその国民が所有権(あるいはそれに準ずる権利)を保持し続けることを示唆しております。ADR活動において他国の所有物を「除去」することは、所有者の同意なしには原則として許容されないと解釈されております。
責任条約との関係性
責任条約は、宇宙物体が地球の表面または航空機に与えた損害、および他の国家の宇宙物体に与えた損害に対する国家責任について定めております。ADRやIOS活動は、軌道上で他の宇宙物体と近接して作業を行うため、新たな損害発生のリスクを伴います。
- 損害責任の主体: ADR/IOSを行う宇宙物体(サービサー衛星)が損害を与えた場合、サービサー衛星の打ち上げ国または登録国が損害責任を負うことになります。しかし、共同事業の場合、複数の国家が関与する場合、あるいは対象物体(ターゲット衛星/デブリ)のオペレーターにも過失があった場合など、複雑なケースにおける責任の分担や保険の問題は明確ではありません。
- 軌道上での損害: 責任条約第3条は、一方の宇宙物体が他の宇宙物体または人に対し宇宙空間において与えた損害について、両物体の打ち上げ国間の「過失」に基づいた責任を定めております。ADR/IOS活動において発生した軌道上での損害について、この条項がどのように適用されるか、過失の立証責任は誰にあるのかといった点は、具体的な事例を通じて議論される必要があります。
登録条約との関係性
登録条約は、宇宙空間に打ち上げた物体を登録国において登録し、国連に情報を提供することを義務付けております。ADRやIOS活動は、既存の宇宙物体の状態を変化させる可能性があります。
- 登録の維持・変更: ADRによって宇宙ゴミが除去された場合、その物体の登録は抹消されるべきか。IOSによって衛星が修理、改造、あるいは別の物体と結合された場合、元の登録情報はどうなるべきか。新たな登録が必要となるか。これらの活動が登録国の管轄権や責任に与える影響についても検討が必要です。
- 対象物体の特定: 登録情報は、対象となる宇宙ゴミや衛星を特定し、その登録国やオペレーターを特定するために重要です。しかし、すべての宇宙ゴミが正確に登録されているわけではなく、また登録情報が不正確な場合も存在し、これがADR/IOSの実施における課題となります。
国際的な議論の現状
既存の国際宇宙法がADR/IOS活動に完全には対応できていない現状を踏まえ、国際社会では新たな法的枠組みやガイドラインの検討が進められております。
国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)
COPUOSでは、特に科学技術小委員会および法律小委員会において、宇宙活動の長期持続可能性(Long-Term Sustainability of Outer Space Activities: LTS)に関する議論が行われております。2018年に採択された「宇宙活動の長期持続可能性に関するガイドライン」では、宇宙ゴミの発生抑制や軌道上での安全なオペレーションに関する推奨事項が含まれておりますが、ADRやIOSといった特定の活動に対する具体的な法的規範までは踏み込んでおりません。しかし、今後のLTS関連の議論の中で、ADR/IOSに特化した側面が検討される可能性はあります。例えば、「宇宙物体間の安全な接近・近傍運用」に関する議論は、ADR/IOSにとって直接的な関連性がございます。
国際私法統一協会(UNIDROIT)
UNIDROITでは、人工衛星資産に関する国際的な動産担保権を設定するための議定書が策定されており、これは衛星資産の資金調達を容易にすることを目的としております。現在、軌道上資産に関する担保権に関する議定書草案の議論も進められており、IOSによって価値が向上した衛星資産に対する担保権の取り扱いなどが検討されております。これは主に私法的な側面からのアプローチですが、ADR/IOS活動の経済的基盤に関わる点で注目されます。
その他の議論
学術界やシンクタンク、業界団体などにおいても、ADR/IOSに関する法的課題についての研究や提言が活発に行われております。特に、対象物体の所有者同意の取得方法、同意が得られない場合の選択肢(例:国際機関による「危険な」宇宙ゴミの指定)、損害賠償責任をカバーするための保険制度、ADR/IOSを規制するための国家国内法のモデルといったテーマが議論の中心となっております。国際的な枠組みの整備には時間を要するため、当面は各国の国内法による規制の方向性も重要な検討事項でございます。
国内法の現状と課題
ADRやIOSといった特定の宇宙サービス活動に対する明確な国内法を持つ国はまだ限られております。多くの場合、既存の宇宙活動許可制度の中で、これらの活動のリスク評価や安全基準の適用を通じて対応しようとしております。しかし、特に他国の物体に対する活動や、新しい技術(例:非協力的ターゲットへの作業)が関わる場合、既存の許可制度では対応が困難な側面がございます。明確な国内法が整備されることは、事業者の予見可能性を高め、活動を促進する上で重要ですが、その内容は国際的な原則との整合性を保つ必要がございます。
結論:今後の展望
宇宙ゴミ除去・軌道上サービス(ADR/IOS)は、宇宙空間の持続可能な利用に不可欠な技術であり、その実現には技術開発に加え、法的・制度的な枠組みの整備が喫緊の課題となっております。既存の国際宇宙法は基本的な原則を提供しておりますが、これらの新しい活動に伴う所有権、責任、同意、許可・監督といった具体的な課題に対する明確な解答を与えるには至っておりません。
現在進行中の国際的な議論は、これらの課題に対する共通理解を深め、可能な解決策を模索する重要なプロセスでございます。今後の展望としては、以下のような点が重要となると考えられます。
- 国際的なガイドラインの策定: COPUOSなどの場で、ADR/IOSに特化した安全・運用に関する国際的なガイドラインが策定されることで、国家や事業者の活動の指針が示されることが期待されます。
- 国内法の整備と国際的協調: 各国がADR/IOSに関する国内法を整備する際に、国際的な議論やガイドラインを参照し、法制度間の整合性を図ることが、国際的な協力体制を構築する上で不可欠でございます。
- 契約慣行と標準化: 事業者間のサービス契約における責任分担、同意の取得手続き、技術的なインターフェースなどに関する業界標準や契約慣行が確立されることも、活動の円滑な実施に寄与いたします。
- 学術的研究と政策提言の継続: 新しい技術やビジネスモデルの出現に伴い、予測される法的課題について継続的に研究を行い、政策決定者へ提言を行うことが重要でございます。
ADR/IOSに関する法制度の議論は、技術革新と宇宙活動の拡大という現実に対応するため、従来の宇宙法解釈をさらに深化させ、必要に応じて新たな規範を形成していくプロセスでございます。今後の国際協力と国内法整備の動向を引き続き注視していく必要がございます。