世界を繋ぐ宇宙ゴミ対策

対衛星兵器(ASAT)実験と宇宙ゴミ問題:国際法、国家安全保障、および規制の交錯

Tags: 宇宙ゴミ, 宇宙法, 国家安全保障, ASAT実験, 国際協力

はじめに

宇宙空間における持続可能性の確保は、人類の宇宙活動にとって喫緊の課題となっております。中でも宇宙ゴミ(スペースデブリ)の増加は深刻であり、将来的な宇宙利用を阻害するリスクを高めております。宇宙ゴミの発生源は、運用終了衛星、ロケット上段、機器の破片など多岐にわたりますが、意図的な活動、特に人工衛星を標的とする対衛星兵器(ASAT)実験によって発生する大規模なデブリ雲は、その中でも極めて破壊的かつ予測困難な影響をもたらすものとして、国際社会の深刻な懸念事項となっております。

ASAT実験によるデブリ発生は、単に宇宙環境を汚染するだけでなく、各国の宇宙アセットの安全性を脅かし、ひいては国家安全保障に関わる問題へと直結いたします。本稿では、ASAT実験に起因する宇宙ゴミ問題がもたらす法的・政策的課題に焦点を当て、既存の国際法や規範の適用可能性と限界、国家安全保障との関係性、および今後の規制や国際協力の方向性について考察いたします。

ASAT実験の種類とデブリ発生メカニズム

ASAT兵器は様々な形態を取り得ますが、宇宙ゴミ問題との関連で特に深刻なのは、物理的に衛星を破壊するキネティック攻撃型のASATです。大別して、地上発射型ミサイルによる直上昇(Direct-Ascent, DA-ASAT)と、衛星に搭載された迎撃機(Co-orbital ASAT)によるものがあります。

DA-ASAT実験では、地上から発射されたミサイルが低軌道(LEO)にある衛星を直接迎撃し、高速衝突によって標的衛星および迎撃ミサイル双方の破片が広範囲に飛散いたします。破片は数千個から数万個に及び、秒速数キロメートルという高速で軌道上を飛び交い、他の運用中衛星や宇宙構造物にとって重大な脅威となります。軌道の低いデブリは比較的短期間で大気圏に再突入いたしますが、高度が高いデブリは数十年から数世紀にわたって軌道上に残留し、継続的なリスクをもたらします。

Co-orbital ASATは、標的衛星と同じ軌道に投入された衛星が、標的衛星に接近して破壊または機能不全に陥らせるものです。これも破壊を伴う場合、同様に多数のデブリを発生させる可能性があります。

これらの意図的な破壊行為によるデブリ発生は、事故や故障によるものとは異なり、瞬時に大量かつ予測困難な軌道上破片を生み出すため、宇宙活動の予測可能性を著しく損ないます。

既存国際法の適用可能性と限界

ASAT実験によるデブリ発生は、既存の宇宙法及び国際法の下でどのように評価されるのでしょうか。

宇宙条約(Outer Space Treaty)

1967年の宇宙条約は、宇宙空間における国家活動の基本的な原則を定めております。特に、第6条は「宇宙空間における自己の活動について国際的責任を負う」と規定し、第9条は「宇宙空間における活動を行うにあたり、他の締約国の宇宙活動に有害な干渉を及ぼさないように」実施することを求めております。

ASAT実験による大規模なデブリ発生は、他の国の宇宙活動(通信衛星、地球観測衛星、有人宇宙活動など)に「有害な干渉」を及ぼす可能性が極めて高く、第9条に違反する行為と解釈される余地があります。また、自国の活動が宇宙環境を汚染し、国際社会全体の宇宙利用を阻害する結果を招いた場合、第6条に基づく国際的責任が生じうると考えられます。

しかしながら、宇宙条約にはASAT実験そのものを直接禁止する規定は存在いたしません。また、「有害な干渉」の定義は曖昧であり、どの程度のデブリ発生が「有害」と見なされるかは、個別の状況や国際的な政治的判断に左右される可能性があります。

宇宙活動損害責任条約(Liability Convention)

1972年の損害責任条約は、宇宙物体により生じた損害に関する責任を定めております。条約第2条によれば、「打上げ国は、その宇宙物体が地表または航空機に与えた損害について絶対責任を負う」と規定し、第3条によれば、「宇宙物体が地球表面以外の場所において他の締約国の宇宙物体に与えた損害については、一方の宇宙物体が他方の宇宙物体またはそこにいる人々に損害を与えたことが当該一方の宇宙物体の過失によるものであることが証明された場合に責任を負う」と規定しております。

ASAT実験で発生したデブリが他の国の衛星に衝突し損害を与えた場合、デブリの「打上げ国」(実験を実施した国)は、損害責任条約に基づく責任を負う可能性があります。軌道上での損害の場合、第3条が適用され、デブリ発生原因(ASAT実験)が「過失」または国際法上の「違法行為」であると証明される必要があります。意図的なASAT実験は、少なくとも極めて重大な過失、あるいは国際法違反行為と解釈される可能性が高いと考えられます。

ただし、損害責任条約に基づく請求には、損害を与えたデブリの発生源を特定し、そのデブリが損害の原因であることを証明する必要があります。ASAT実験で発生するデブリは膨大かつ広範囲に拡散するため、特定の損害が特定のASAT実験由来の特定の破片によって引き起こされたことを科学的・法的に立証することは極めて困難を伴います。

その他の国際法原則

国家安全保障とASAT実験

ASAT実験は、国家安全保障の観点から複数の側面を有しております。

第一に、衛星は現代国家の安全保障にとって不可欠なインフラとなっております。偵察、通信、航法、ミサイル早期警戒など、軍事および民生の両面で衛星システムへの依存は高まっております。ASAT兵器は、敵対国の衛星能力を無力化する手段として開発されてきました。ASAT実験は、自国のASAT能力を示すデモンストレーションとして実施される場合があります。

第二に、ASAT実験、特に破壊的な実験は、自国の宇宙アセットだけでなく、他国の、そして国際社会全体の宇宙アセットに対する直接的な脅威となります。デブリの増加は、衛星の運用リスクを高め、軌道選択の自由度を制限し、新たな衛星の打ち上げを困難にする可能性があります。これは、宇宙利用に大きく依存する国家にとって、安全保障上の重大な脆弱性となり得ます。

第三に、ASAT能力の開発と実験は、宇宙空間の軍事化を加速させる側面を持っております。これが、宇宙空間における軍拡競争を招き、安定性を損なう懸念があります。意図的なデブリ発生は、将来的な紛争において宇宙空間を戦場とすることを想定しているかのようにも見え、偶発的な衝突や誤算のリスクを高めます。

国際的な規範形成と規制に向けた取り組み

既存の国際法だけではASAT実験によるデブリ問題を効果的に規制するには不十分であるとの認識から、国際社会では新たな規範や規制の形成に向けた議論が進められております。

国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)

COPUOSでは、宇宙活動の長期持続可能性(Long-Term Sustainability of Outer Space Activities, LTS)に関する議論が進められ、2018年にはLTSガイドラインが採択されました。このガイドラインは法的拘束力を持つ条約ではありませんが、宇宙ゴミ緩和措置や宇宙状況把握(SSA)データの共有などに関する技術的・運用的推奨事項を示しております。ガイドライン1.1は「すべての宇宙運用者は、責任ある持続可能な方法で宇宙活動を行うべきである」と述べ、ガイドライン2.3は「意図的な破壊によって新たな破片を生成する宇宙活動を行わないこと」を推奨しております。これは、破壊的なASAT実験を明確に抑制しようとする国際的な意思表示として重要です。

国連軍縮会議(CD)

宇宙空間における軍備管理は国連軍縮会議(CD)の主要な議題の一つであり、ASAT兵器禁止条約の締結などが長年議論されてきました。しかし、CDは合意形成に至らず膠着状態が続いております。

国連総会における議論と決議

国連総会第一委員会(軍縮・国際安全保障)では、宇宙空間における軍備競争防止(Prevention of an Arms Race in Outer Space, PAROS)や、宇宙空間における責任ある行動規範に関する議論が続けられております。近年、ASAT実験によるデブリ問題への懸念から、特定の種類のASAT実験を非難し、各国に自制を求める決議が採択される傾向にあります。

特に、2022年には米国が、軌道上の物体を破壊してデブリを生成するDA-ASAT実験を実施しないことを一方的に約束し、他の国々にも同様の行動をとるよう呼びかけました。この米国の声明は、国際的な規範形成に向けた重要な一歩として注目されております。これに続き、複数の国が同様のモラトリアムを表明しています。このような一方的宣言や多国間での政治的約束は、将来的な法的拘束力のある規範形成の基礎となる可能性があります。

透明性向上措置(TCBMs)

宇宙空間における活動の透明性と信頼性を高めるための措置(Transparency and Confidence-Building Measures, TCBMs)の議論も進められております。これには、宇宙活動に関する情報交換、打上げ通知の強化、異常事態発生時の通報メカニズムなどが含まれます。ASAT実験に関連する透明性向上措置は、誤解や誤算を防ぎ、緊張緩和に寄与することが期待されます。

今後の課題と展望

ASAT実験に起因する宇宙ゴミ問題への効果的な対処には、複数の課題を克服する必要があります。

まず、既存の国際法枠組みの限界を認識し、破壊的なASAT実験を直接的に禁止または厳格に規制する、法的拘束力のある新たな国際条約の必要性が指摘されております。しかし、これは国家安全保障や軍事的均衡といったデリケートな問題に深く関わるため、各国の政治的意思と合意形成が極めて困難な課題となります。

次に、検証メカニズムの確立が重要です。新たな条約や規範の実効性を確保するためには、ASAT実験の実施をどのように監視・検証するのかという技術的・政治的課題への対処が必要です。

また、国家安全保障上の正当な懸念と宇宙環境保護の必要性をいかに両立させるかという問題も常に存在いたします。宇宙空間の安定的利用はすべての国の利益に資するものであるという共通認識に基づき、対話と協力を通じて、破壊的な行動を抑制し、責任ある行動規範を確立していくことが求められます。

ASAT実験モラトリアムのような一方的または多国間での政治的コミットメントは、法的拘束力は限定的であるものの、信頼醸成と将来的な規範形成に向けた重要なステップとなり得ます。このようなイニシアティブを支持し、広げていく努力が必要です。

結論

対衛星兵器(ASAT)実験によって生成される宇宙ゴミは、宇宙空間の持続可能性にとって深刻な脅威であり、国際法、国家安全保障、および関連規制の交錯する複雑な法的・政策的課題を提起しております。既存の宇宙法は一定の適用可能性を有しますが、ASAT実験特有の課題に完全には対応できておりません。

この問題への対処には、法的拘束力のある新たな国際規制の可能性を探求しつつ、宇宙活動の長期持続可能性ガイドラインの遵守、破壊的なASAT実験の抑制に向けた政治的コミットメントの推進、透明性向上措置の強化など、様々なアプローチを組み合わせた多角的な努力が不可欠です。

宇宙空間を安全かつ持続可能な形で未来世代に引き継ぐためには、国家間の協力と対話を通じて、破壊的な行動を回避し、責任ある規範に基づいた宇宙活動を確立していくことが、国際社会全体に課せられた重要な責任であるといえます。この課題解決に向けた、法学、国際関係学、宇宙工学などの多様な分野からの継続的な学術的議論と政策提言が期待されております。